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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2390号 判決

控訴人

橋本豊造

右訴訟代理人

飯塚弘

被控訴人

和田常治

ほか一名

右両名訴訟代理人

猪熊重二

主文

本件控訴を却下する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実および理由

一控訴人は、「(一)原判決を取り消す。(二)被控訴人和田常治は控訴人に対し原判決書別紙物件目録記載の土地につき同別紙登記目録第一(二)記載の仮登記にもとづく所有権移転登記手続をせよ。(三)被控訴人両名は控訴人に対し同物件目録記載の建物につき同登記目録第二(二)記載の仮登記にもとづく所有権移転登記手続をせよ。(四)被控訴人両名は控訴人に対しそれぞれ右建物を明け渡し、かつ連帯して控訴人に対し昭和四五年一〇月四日から右明渡ずみまでの一か月金四万円の割合による金員の支払をせよ。(五)被控訴人両名の反訴請求をいずれも棄却する。」旨の判決を求め、被控訴人らは、控訴却下の判決を求めた。

二控訴人は、本件控訴提起に関し次のとおり述べた。すなわち、

(一)  記録上原判決正本が昭物四九年九月二八日訴状記載の控訴人の送達場所である東京都江戸川区中央三の二二の七において控訴人に送達されたことになつているが、控訴人は当時肩書住所地の自宅で病気静養中であつたもので、同判決正本を現実に送達吏員(郵便集配人)から受領したのは控訴人の三女橋本佳子である。ところで、同女は、右送達場所所在の訴外橋本金属株式会社の女子従業員であつて、控訴人の事務員ないし雇人でもなく、またその同居人でもないから、前記記録に示す原判決正本の送達はいずれにしても送達としての効力を生じない。

(二)  仮に、右記録の示す原判決正本の送達が有効であるとするならば、控訴人の本件控訴の提起はその責に帰すべからざる事由によつて不変期間たる控訴期間を守ることができなかつた場合に当るから、民事訴訟法第一五九条の規定によりその追完を許されるべきである。すなわち、控訴人は、高血圧症のため昭和四九年九月一三日から同年一〇月一三日までの間肩書住所地の自宅において静養していて勤務先である前記送達所所在の訴外会社には出勤できなかつたため、この間前記判決正本が送達されるのについてはできる限りの注意をし、自宅から右送達場所に二回も電話してその送達の有無を確めるなどして控訴期間を徒過しないように相当の注意を払つていたのであるが、右判決正本を受領した佳子がこれを自分の机の引出内に入れ込んだまま不注意にもそのことをなにびとにも告げないでいたため、控訴人が同年一〇月一四日ようやく同訴外会社に出勤するに及んで同女より同判決正本を手渡され、はじめてその送達の事実を知るにいたつたのであり、そこで、控訴人としては、即日本控訴を提起したわけであるが、そのときにはすでに控訴期間を徒過しておおり、この不変期間を守ることができなかつたのであつて、右の事情は、控訴人の責に帰すべからざる事由によつて不変期間を守ることができなかつた場合に該当するから、前記法条により本件控訴についてはその追完を許されるべきである。

三よつて、本件控訴提起の適否について判断する。

(一)  原判決が原審裁判所によつて昭和四九年九月二五日言い渡され、その判決正本が同月二八日訴状記載の控訴人指定にかかる送達場所である東京都江戸川区中央三丁目二二番七号において控訴人によつて受領されて送達されたことになつていることおよび控訴人が同年一〇月一四日右判決に対し当裁判所に控訴状を提出して控訴の提起をしたことは記録に徴して明らかである。したがつて、右によれば、特別の事情のない限り、本件控訴は控訴期間経過後になされたものというほかはないのである。

(二)  ところで、前記控訴人指定にかかる送達場所には、控訴人個人の住居ないしは事務所、営業所等はなく、控訴人が代表取締役として常勤していた右訴外会社の本社事務所および工場等が所在しており、右佳子は二一才になる控訴人の三女であつて、当時右本社事務所と同一敷地内にある同会社女子寮に起居して同訴外会社に経理係として勤務していたものであること、そして、当時同訴外会社あての郵便物は、通常右事務所内において庶務係(当時一名)をしていた控訴人の二女政子が、同女不在等のときは同室内で執務する右佳子その他の経理担当事務員がこれを受領する扱いになつていたことおよび当時控訴人個人あてのすべての郵便物の配達も通常前記送達場所になされ右訴外会社あて郵便物の場合と同様同訴外会社の事務員によつてこれを受領してもらう扱いになつていたことは、当審において控訴人のみづから陳述するところでもある。

そうだとすると、右控訴人の自陳する事実関係からしても、前記控訴人指定にかかる送達場所所在の同訴外会社本社事務所は民事訴訟法第一七〇条の定めに準じて届け出でられた送達場所に、また同所における控訴人個人は前同様届け出でられた送達受取人に当り、そして、この送達場所所在の同訴外会社は右送達受取人たる控訴人個人との関係においてはその同居者というのに妨げないものというべきところ、右佳子は、同訴外会社において経理担当事務員として時に応じて郵便物受領の権限をも有していたというべきであるから、結局、同女は、同法第一七一条第一項にいわゆる送達を受くべき者の同居者と同様の者または控訴人個人の事務員と解するのが相当であり、したがつて、原判決正本の送達が現実には同女に交付してなされたものであるとしても、右は、いわゆる補充送達としてその効力を生じたものというべきであつて、たとえ記録上控訴人本人が同判決正本を直接受領した旨の送達報告書があるにすぎないにしても、同判決正本送達の効力を否定すべきいわれはないものというべきであるから、いずれにしても、記録に示す原判決正本の送達は、結局、その効力を生じたものといわなければならない。

そして、他に本件控訴が控訴期間経過後になされたものでないことを思わせる特別の事情は見当らない。

(三)  次に、記録によれば、控訴人は、原審において原告本人としてみづから本件訴訟手続を担当し、原審における最終口頭弁論期日(昭和四九年七月三一日午前一〇時)にもみずから出頭し、同期日において原判決言渡期日(同年九月二五日午前一〇時)の告知を受けており、そして、原判決がこの告知された期日に言い渡されていることが明らかである。そうだとすれば、控訴人としては、右告知された期日における判決の言渡およびこれにつづいてなされる判決正本送達の事実を当然に予想できたはずであるといわなければならないから、この予想のもとに同判決正本送達の事実を確実に覚知しうるよう十分の配慮をつくしておくべきであり、また、控訴人がその個人の住所等でもない訴外会社の事務所を選んで送達場所として届け出でていたのは、そのような配慮がより容易であつたからであろうと察せられるのであり、ことに控訴人がその主張のように同年九月一三日から前記送達場所の訴外会社への勤務を離れて自宅で静養することとなつたというのであれば、なおさらのこと、前記送達場所における関係者らに対し裁判所から控訴人あてに書類が送られてきた場合には直ちに控訴人にその旨を連絡する等その取り扱いをそまつにしないよう十分に注意するなどの配慮をつくしておくべきであつたといわなければならないから、仮に、控訴人がその主張の事情があつたとしても、右は、控訴人の前記の配慮の不徹底またはその旨を受けた者の怠慢から生じた控訴人の支配圏内出来事であつて、しよせん控訴人においてその責を負うべき事柄に属するものといわざるをえないので、右の事情だけでは、いまだもつて控訴人がその責に帰すべからざる事由によつて不変期間たる本件控訴期間を守ることができなかつた場合には該当しないものといわなければならないから、本件控訴の追完は許されないものといわなければならない。

そうだとすると、本件控訴は、控訴期間経過後に提起された不適法のもので、その欠缺を補正することができないから、これを却下することとし、控訴費用の負担につき同法第九五条および第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(畔上英治 安倍正三 唐松寛)

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